【連載記事 コミュニケーション編】 コミュニケーションの方程式#02 ~日本人のコミュニケーション~

コミュニケーション編

前回、コミュニケーションはコンテンツとコンテクストの2つの要素で行われると言いましたが、この2つのどちらに重きをおくかでコミュニケーションの形は変わってきます。

岡崎:「欧米型のコミュニケーションと日本型のコミュニケーションにその違いがよく現れているので、この2つを例に説明していきます」

欧米型のコミュニケーションと日本型のコミュニケーション

●欧米型のコミュニケーション

欧米型のコミュニケーションでは、とにかく細かいことでも言葉や文章で説明したりします。契約書がいい例で、日本では数枚で済むことを何枚も紙に書いてきます。

口頭で話をしていても、彼らは細かいことでも「それはどういうことだ?なぜだ?どういう意味だ?」と言ったようなことを聞いてきます。日本人の感覚からすると、面倒だと感じることもありますが、彼らは別に悪気があってこのようなことをしているのではなくてこれが彼らのコミュニケーションのスタイルなのです。

では、なぜこんなことをするかというと、彼らがコンテンツ重視のコミュニケーション文化で育っているからです。

どういうことかというと、欧米では国や民族、宗教や習慣などの違いにより人々の考え方や価値観が多種多様なので「言葉に表さないメッセージ」は伝わりません。「コンテクストが共有されていない(伝わっていない)」状況です。

内山:「コンテクストが共有されていないから、コンテンツを重視したコミュニケーションを取るんですね」

これを『ローコンテクスト文化』と言います。ローコンテクスト文化では、コンテクストに頼ったコミュニケーションが取れないので、その分、コンテンツを細かく説明(コンテンツ重視)していかないといけません。コンテンツ>コンテクストという関係です。

●日本型のコミュニケーション

一方、日本型のコミュニケーションでは、あまり細かいことを言ったり、文章化したりはしません。日本人は「言わなくても分かるだろ?」とか「場の空気を読んで…」と言った形のコミュニケーションを取り、必要以上に細かい説明をすると嫌がられます。

これは、日本人がほぼ同じ価値観や考え方をしているという前提に立っているためです。言い換えれば、「コンテクストが共有されている(伝わっている)」状況です。

岡崎:「日本人はコンテクストを重視したコミュニケーションを取るってことだな」

これを『ハイコンテクスト文化』と言います。だから、日本人はコンテクスト重視です。コンテンツ<コンテクストという関係です。

ローコンテクスト文化vsハイコンテクスト文化

さて、上記で説明したコミュニケーション文化ですが、これが同一文化内でのコミュニケーションであれば問題はありません。ところが、ローコンテクスト文化とハイコンテクスト文化間でのコミュニケーションとなると、問題が発生してくることがあります。

一昔前の英語の教科書にあったような「外国人が家に遊びに来た時に、土足で家に上がって…」といったような話です。これは、日本人からすれば「靴脱ぐのが当然だろ、そんなこと言わなくても分かるだろ」と思っていますが、外国人は「そういう習慣なら事前に言ってくれよ、言わなきゃ分からねーだろうが」ということになります。

少し余談ですが、私が思うに日本人はコンテクストが共有されていることが当然だと思っているところがどこかあるので、歴史的にも時々問題を起こしています。

例えば、鎌倉時代の元寇のときに、日本の武士が戦闘の前に元軍の前に単騎で登場して、「やあやあ、我こそは…」と言って名乗りを上げたら、いきなり元側から”てつはう”(爆弾のようなもの)を投げつけられて大混乱になった。といった有名なエピソードがありますが、これも日本側が「戦とは、武将同士が互いに名乗りあってから始めるものである」というコンテクストを元側も共有していると勝手に思い込んでいたから発生した出来事です。

岡崎:「だけどこれ、元側からすれば『あいつ何やってんだ?』って感じで、別に無礼でも卑怯でも何でもないよな」

内山:「元寇の話は昔のことだから仕方ないですけど、異文化の人も僕たちのコンテクストを共有してるって思ったらだめですね」

日本人のコミュニケーションの特性と問題点

さて、日本人のコミュニケーションの特性と問題点何となく分かって頂けましたか?

日本人はコミュニケーションを取るときに「コンテクスト重視のコミュニケーションを取る」という特性があります。日本人の『和』とか『思いやり』とかは、この特性がバックボーンになっているので、これ自体は問題は無いです。

岡崎:「コンテクストを大切にするっていうことが日本人の良さでもあるよな」

ただ、問題なのはコンテクスト重視のコミュニケーションが当たり前になっているので、
「自分のコンテクストを相手も共有しているという前提でコミュニケーションを取ろうとする」
「コンテクストが違う可能性を認識していない」
という点です。

恐らく、数十年前ならこのことは大して問題になってこなかったかもしれません。ところがここ最近、そしてこれからはこの点が結構大きな問題になってきます。

内山:「大きな問題とは何ですか?」

では、具体的に何が起こっているのか?対応としてどうすればいいのかを次回以降お話しします。

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