YouTubeリンク

【コンテナ物流編】世界を変えた魔法の箱(全6章)

連載記事
スポンサーリンク

20世紀には産業や社会を大きく変える発明が数多くありました。その中でも世界中の物流を大きく変えて、グローバル化を促進する要因となったものがコンテナを使った物流システムです。

今回の連載記事は世界を大きく変えた魔法の箱「コンテナ」とそれを使った物流システムがテーマです。

第1章 20世紀の大発明

内山:「こんにちは~」

岡崎:「こんにちは~。って、何だその大荷物は?」

内山:「ここに来る途中でユニクロに寄ったらつい沢山買い物しちゃいました。安いですからね…」

岡崎:「衣料品は海外製が多いから昔と比べるとかなり安く買えるようになったよな」

内山:「衣料品に限らず輸入製品は安くなりましたよね。前にうちのじいちゃんが『今は輸入品が安くて良いなぁ』ってしみじみ言ってました。だけど、なんで安くなったんですかね?やっぱり貿易自由化とかの関係ですかね?」

20世紀の大発明

輸入品が安く買えるようになった理由は内山さんが言うように貿易の自由化で関税が安くなった・無くなったという影響も大きいですが、もう一つ重要な要因があります。実は20世紀の後半にものすごい大発明が行われたんですよ。2人は20世紀の大発明というと、何を思い浮かべますか?

内山:「コンピューターとかインターネット」

岡崎:「原子力も20世紀の大発明だよな」

まあ、20世紀の大発明というと普通はそのあたりを思い浮かべますよね。でも、地味だけどそれらに匹敵するくらいの影響力がある発明品がまだあるんです。

内山:「何ですか?」

「コンテナ」です。

内山:「コンテナ?コンテナって船やトラックに積まれているあのコンテナですか?」

そうです。そして、輸入品が安くなったのはこの「コンテナ」のお陰です。それどころか、コンテナは今の産業構造や世界経済・社会の変化にも大きな影響を与えました。その影響力たるやコンピューター・インターネット・原子力並みです。

コンテナの影響力を知ったらこれからコンテナを見る目が変わりますよ。もう、コンテナを運んでいるトラックのドライバーさんに「ありがとうございます!」って思わず言いたくなるくらいに。

第2章 コンテナ登場前の物流

コンテナ物流について詳しく説明をしていく前に、まずはコンテナが登場する前の物流がどんな様子だったかを説明しておきたいと思います。コンテナ登場前の物流は極めて労働集約的で効率も悪いものでした。具体的にどうなったのかをこれから説明していきます。

人海戦術での荷役作業

荷物を船やトラックに載せる作業のことを「荷役作業」と言いますが、コンテナ登場前は荷役をえっちらおっちら人力で行っていました。トラックはまだ良いですが、船は大変でした。膨大な量の荷物を一つ一つ人力で船に積み込むわけですからね…。ですから、船の場合は何十人の人で頑張って作業をしても積み込みが完了するまでに何日も掛かったりしていました。

内山:「機械化はしていなかったんですか?」

クレーンやフォークリフトも使ってはいましたが、船の中は狭いので最終的には人間が作業をすることになってしまうんです。だから、とにかく大変です。

岡崎:「重労働だから怪我をしたり身体を壊す人も多かったみたいだしな」

このような感じで荷役作業をしていたので、人件費がものすごく掛かります。一説によると当時の物流費の半分近くは人件費だったそうです。それに、港への停泊時間も長くなるので、停泊料も多く掛かってしまいます。

低積載率での輸送

コンテナ登場前は荷役コストに加えて船の積載率も悪い状態でした。

岡崎:「形も重さもバラバラの荷物を積むから積載率も悪くなるよな」

そうです。荷物の形が違うとデッドスペースが出来てスペースが無駄になりますし、重さが違うと段積みが出来ないのでそこでもスペースが無駄になってしまいます。船1隻に対して1種類の荷物のみを積むことが出来ればいいですが、なかなかそんなに都合よくはいきません。

内山:「積載率が悪いまま運航したら輸送費も高くなってしまいますね」

だから、コンテナが登場する前の物流費は今とは比べ物にならないくらい高かったんです。コンテナが登場して普及し始めるのは1960年代からなので、60年代の前半までは世界中の物流がこのような感じでした。


第3章 コンテナ登場で何が変わったのか?

第2章で説明したようにコンテナが登場する前の物流は効率が悪い状態でした。しかし、1960年代にコンテナが登場したことにより、その効率の悪さが劇的に改善され始めました。

荷役時間の削減

コンテナの登場でまず変わったのは荷役作業。特に船に荷物を積み込む港湾荷役の分野です。

それまで船積みを行う際は荷物を1つ1つ人間が人海戦術で運んでいましたが、コンテナを使うことで一気にまとめて荷物を積み込めるようになったので、劇的に荷役時間が削減されました。

岡崎:「仮に100個の荷物を船に積み込む場合、人間がやっていたら100往復しないといけないけど、100個の荷物を1本のコンテナに詰めれば1往復で済むからな」

荷役時間が減れば荷役に掛かる人件費も減ります。海運は一度に積み込む荷物の量が多いのでその効果は絶大です。

内山:「陸運の場合はどうだったんですか?」

もちろん陸運にも効果はありました。鉄道は船と一緒でコンテナを積み下ろしするだけで荷役が終わりますし、トラックも積み込みには時間が掛かりますが、荷降ろしは港や駅でコンテナを降ろすだけで済むので一瞬で荷降ろしが終わるようになりました。

このように荷役時間が減ったことによって物流費の多くを占めていた荷役に掛かるコストが大幅に減ることになったのです。

積載率の向上

コンテナを使うことによって、積載率も大幅に上がりました。

岡崎:「同じような大きさの箱を積み込んでいくだけだからな」

内山:「ずっと同じ形のブロックを組み合わせていくテトリスのようなものですね」

そうです。テトリスも長いブロック1種類だけだったら、画面いっぱいに隙間なくブロックを詰め込むことが出来ますよね?あれと同じです。

そして、積載率が上がればその分重量当りや容積当りのコストが低くなるので、運賃も安く設定出来るようになりました。

稼働率の向上

岡崎:「荷役時間が減れば船やトラックの稼働率も上がるよな?これもやっぱりメリットかな?」

はい。稼働率が上がることも大きなメリットですね。荷役時間が減れば船やトラック・鉄道の待機時間が少なくなるので運行回数を増やすことが出来ます。そうすると1運行当りのコストが下がることになりますからね。

その他の効果

内山:「他には何か何かありますか?」

そうですね…。コスト面の話で言えば、船を港に泊めておく時間が短くなるので停泊料が少なくて済むとか、積み荷がコンテナに守られて破損しなくなるので保険料が少なるなるとかですかね。

岡崎:「荷役待ちで荷物を一時保管する必要も無くなるから保管料も減るだろ?」

保管料も下がりますね。あとはコスト面では無いですが、安全面の効果もあります。コンテナを使って荷物を積むことによって荷崩れなどの危険が無くなって作業の安全性も上がりました。

内山:「そっか、コストが減っただけじゃなくて安全に輸送が出来るようにもなったんだ」

コンテナが登場したことによってこれらの効果が得られるようになり、物流費はコンテナを使用する前と比べて劇的に下がることになりました。そして、物流費が下がったことによって、世界の経済・産業に大きな変化が現れるようになったのです。


第4章 グローバル化の影の立役者

第3章はコンテナの登場で「物流費が下がった」という話でしたが、第4章は物流費が下がることによって起こったことの話をしていきます。

物の移動が自由になった

コンテナの登場によって物流費が下がったことによって、遠隔地から安く物を購入することが可能になりました。

岡崎:「海外から物を安く買えるし、海外にも安く売れるようになったから貿易が活発になるな」

そして、それまで縁が無かった海外の品物に簡単にアクセスが出来るようになりました。物流費という壁に阻まれていた物の移動が自由になったのです。今私たちが簡単に海外製の物を手に入れることが出来るのも、海外の人が日本の物を手軽に手にすることが出来るのもコンテナのお陰です。

これが、コンテナ物流で物流費が下がったことによってまず起こったことです。

生産地と消費地の分離

岡崎:「物の移動の話は分かり易いな」

ただ、コンテナ物流の影響はそれだけに留まりません。物の移動が自由になるともっと大きな影響が出てきます。

内山:「それは何ですか?」

生産地と消費地の分離です。物流費が高い時代は物の生産地というのは消費地の近くに存在していました。

岡崎:「生産地と消費地が離れていたら、その分物流費が掛かるからな」

だから、世界中どこでも大都市の近くには大抵巨大な工業地帯が存在していました。東京もロンドンもニューヨークもそうです。それが今やどうでしょう?

内山:「あまり工業のイメージはないですね。どちらかと言えば、商業とかサービス業のイメージです。だけど、大都市近郊にあった工業地帯はどこに行ってしまったんですか?」

工業は都市部に比べて安い生産コストが期待できる地方部や海外に移りました。物流費が安くなったので、生産コストが高い都市部で生産をする必要が無くなったんです。その結果、産業構造が変化し、都市部は商業・サービス業中心の産業構造になって、地方部や途上国などは工業化するようになりました。

グローバル化へ

産業構造が変わればそれに合わせて人の流れも変わります。工業で働いていた人は都市部から地方に移りますし、海外で生産を行うということになれば、海外に行って働く人も増えます。そして、海外で工業化した国の労働力不足を補うために他の国から人が来たりもします。

岡崎:「都市部は商業・サービス業が発達するから、そこにビジネスチャンスを求めた人たちが海外からやってきたりもするだろうしな」

物と人が動けば、当然それに伴ってお金も動くようになります。海外への投資や海外からの送金です。こうやって、人・物・金が国境を越えて自由に動くようになったことで世界はグローバル化するようになりました。

内山:「グローバル化と言うと、インターネットの影響が注目されがちですけど、実はコンテナも大きな影響を与えているんですね」

第5章 コンテナ物流システム

さて、ここまで「コンテナの登場により世界は変わった」と言ってきましたが、厳密に言うと、世界を変えたのはコンテナという「箱」ではなく箱を中心とした「システム」です。コンテナを中心とした物流システムが世界中で組み上げられたからこそ世界は変わったのです。

ここからはコンテナの発明から現在に至るまでの歴史を振り返りながら、コンテナ物流システムがどのように組み上げられていったのかを説明していきたいと思います。

コンテナの歴史

岡崎:「そういえばコンテナってそもそもいつ生まれたんだ?普及したのは1960年代ってことだったけど、その前にコンテナ自体は生まれているんだよな?」

現在私たちが目にしているコンテナの原型が出来たのは1950年代ですね。アメリカで物流業を営んでいたマルコム・マクリーンという人が発明したようです。

もともとマルコムさんはトラック運送業をやっていたのですが、港で荷物が船積みされている様子を見ながら常々「これ効率悪くないか?」って思っていたそうです。そこで、マルコムさんは「荷物を箱に入れてそのままトラックから船に箱を移動させたら効率よくなるんじゃないか?」というアイデアを考えつきます。

内山:「マルコムさんよりも前に同じようなことを考える人はいなかったんですか?」

実は、コンテナのアイデア自体は19世紀にもありました。

岡崎:「じゃあ、何で20世紀の中盤になるまで普及しなかったんだ?」

19世紀の発明は「コンテナ単体」に留まっていたからです。コンテナを使った「システム」を作り上げるまでには至らなかったんですよ。

コンテナ専用船とガントリークレーンの発明

コンテナの発明者とされているマルコムさんですが、実は彼の功績はコンテナ単体の発明ではありません。彼の功績はコンテナのアイデアを思い付いた後に、コンテナ船とガントリークレーンを発明&実用化したことにあります。

マルコムさんはトラックから直接船にコンテナを積み込みたいと考え、コンテナのアイデアを考えましたが、その当時はそのコンテナを積み込むことが出来る船がありませんでした。そこでマルコムさんは「コンテナ専用船」というものを作りました。

内山:「コンテナ専用船というのは、普通の船と何が違うんですか?」

コンテナ専用船には普通の船と違ってコンテナを固定するための枠が船体に付いています。そして、この枠に合わせてコンテナを積み込めば、効率的かつ安全にコンテナを積み込むことが出来るようになっています。ただ、そんな枠が船に付いていたら他の荷物は積めないからコンテナ専用船になるわけです。

内山:「なるほど。僕らが目にしているコンテナ船はそういう構造になっているわけですね」

だけど、船を発明するだけでは駄目でした。効率的にコンテナを船に積み込むための特別な装置も必要でした。そこで、コンテナ専用船の次は「ガントリークレーン」を作りました。

内山:「ガントリークレーンというのは何ですか?」

岡崎:「大きな港に行くとコンテナ置き場の近くに巨大なクレーンが設置してあるだろ?あれのことだよ」

内山:「あー。通称『キリン』と呼ばれているやつですね。この前テレビで見ました」

「キリン」かっこいいですよね?男のロマンあふれる形状をしています。車で港の近くを走っていてキリンが見えるとついつい見てしまいます。

岡崎:「わき見運転になるから止めろ…」

話を本筋に戻しますね…。このように、コンテナ・コンテナ専用船・ガントリークレーンの3点セットを使うことによって、コンテナを効率的に運用するためのシステムが出来たわけです。トラックを船に横づけし、ガントリークレーンでコンテナを掴んで、コンテナ専用船にスピーディーに積み込むことが出来るようになりました。

岡崎:「マルコムさんの発想がコンテナ単体の発明で止まっていたらそこまではいかなかっただろうな」

そうですね。マルコムさんが物流システム全体をイメージしていたからこそ出来たことです。ちなみに、その後のマルコムさんは「シーランド」という会社を設立して、コンテナを使った物流で物流業界、特に海運業界に革命を起こしていきます。そして、シーランドの成功を見た他社も続々とコンテナ事業に参入するようになります。

コンテナで変わる港湾

そして、海運業者が次々とコンテナ事業に参入するようになると、新たなプレイヤーがコンテナ革命にに参加してきます。

内山:「新たなプレイヤー?」

世界各地の「港」です。世界中の海運会社がコンテナ事業に参加すると、それを受け入れる世界各地の港もコンテナに対応出来るように変化をし始めました。具体的には、コンテナの保管場所やガントリークレーンを備えたコンテナ埠頭というものを整備しました。コンテナ船が寄港出来るようにインフラを整備したということですね。そして、この時港同士でも競争がありました。

岡崎:「港側も多くのコンテナ船に自分のところの港を使ってもらいたかったんだろうな」

ただ、どの港も順調にコンテナ物流に対応出来たというわけではありませんでした。

内山:「何でですか?お金が無かったとか??」

それもありますが、もっと大きかったのは労働争議の問題です。第2章でも説明しましたが、コンテナ登場前の港湾物流というのは極めて労働集約的でした。労働集約的ということは港で働く人たちの数も多いわけです。そこに「うちの港は効率的なコンテナ物流に対応出来るようにします」と良いたらどうなると思います?

岡崎:「そこで働いている人は仕事が無くなると思って反発するだろうな…」

そう。特に、古くからある老舗の港ほど労働組合などからの反発を受けるわけです。とは言っても、コンテナ化は世界的な流れなので世界中の港が次々とコンテナに対応。昔からのしがらみが無い港はどんどんコンテナ対応になっていきます。そうして時が経ち、コンテナ化が進んでいくと、新興の港が古くからある老舗の港に取って代わるようになり、世界の港の勢力図はそれまでとは大きく違ったものになりました。

現在有名な港といえば、シンガポール港やプサン港、ロッテルダム港などが挙げられますが、これらの港はコンテナ化で一気に伸びた港です。

今までは港というのは大都市の近くに立地していた方が良かったのですが、コンテナのお陰で輸送コストや時間も少なくなったので、大都市から離れていても十分に戦えるようになりました。こういった立地面での制約が少なくなったことも、新興の港が伸びた理由の一つだったりします。

内山:「こうやって港がどんどん変わっていったお陰でコンテナの普及に拍車が掛かったわけですね」

コンテナサイズの規格化

このようにどんどん普及していくコンテナですが、普及が進むにつれてある大きな問題が持ち上がりました。それが、コンテナの規格の問題です。

内山:「ん?コンテナの規格?コンテナってみんな同じ大きさじゃないんですか??」

それが、初期のころはそうでもなかったんです。各社が自分たちが使いやすい規格のものを使っていました。ただ、やはりコンテナが普及してくると各社の独自規格では色々と不具合が出てきます。そこで、ISOも巻き込んで国際的にコンテナの規格を統一することになりました。そして、最終的には20フィートと40フィートの2種類が国際規格となりました。

ちなみに、20フィートコンテナはコンテナの量を表す単位の基準としても使われています。物流業界では20フィートコンテナ1本分を1TEUという単位で表します。

岡崎:「TEUって単位は聞いたことがあるな。コンテナ船の大きさってTEUで表すんじゃなかったっけ?」

そうです。良くご存じですね。「〇万TEUのコンテナ船」とか「シンガポール港の1日の荷物の取扱量は〇〇万TEU」といった形で使います。後ほどコンテナ船の大型化についての話もしますが、そのときにこのTEUという単位は出てくるので覚えておいて下さい。


第6章 大量輸送~グローバル化

港湾の整備が整って、コンテナの規格化も行われたことで、世界は大量輸送の時代に向かっていきます。

大量輸送の始まり

大量輸送の時代に入ると、世界中で大型のコンテナ船が次々と使われるようになります。コンテナが使われ始めたころの、大体1960年代のコンテナ船というのは全長が約140m~180mくらいの大きさでしたが、これが1970年代に入ると、全長約270mほどになります。

岡崎:「海運各社が競った結果、一気に大型化が進んだんだろうな」

1970年代からはコンテナ船のサイズを表す単位として、第5章の最後で紹介したTEUという単位が使われるようになるのですが、70年代のコンテナは大体3,000TEUから4,000TEUのコンテナを運べる大きさでした。

内山:「1TEUが20フィートコンテナ1本分だから、4,000TEUだと4,000本ですね」

岡崎:「60年代のコンテナ船はどれくらい積めたのかな?」

TEU換算すると60年代半ば時点で700TEUという話を聞いたことがあるので、大体それくらいだと思います。

内山:「TEUで比較すると一気に大型化したことが良く分かりますね」

そうですね。そして、船が大型化するとそこに規模の経済性が働いてきます。つまり、規模の経済性の効果でコンテナ1本分の単価が下がるわけですね。

内山:「あの…。ちょっと素朴な疑問なんですけど、船が大きくなったらその分の建造費も増えますよね?そうしたら、単純にコストは下がらないような気もするんですけど…」

岡崎:「船が大型化すれば建造費は確かに高くなるけど、船の大きさが2倍になっても建造費も2倍になるわけじゃないぞ」

内山:「え?何で?」

単純に体積と表面積の関係を考えれば分かりますよ。船が大型化して体積が2倍になっても表面積は2倍にはならないですよね?船なんて体積が大きくても中身はほとんど空洞だから単純に考えると、費用は体積ではなく表面積に比例するはずです。だから、船の大きさが2倍になっても費用は2倍にはなりません。

岡崎:まあ、実際には船の内部の構造とか材料の種類とかもあるから、単純には計算できなだろうけど、いずれにせよ大きさが2倍になったからといって建造費も2倍にはならない。もしそうだったら船の大型化なんて起きていないからな」

内山:「確かにそうですね」

超巨大船の登場

70年代にコンテナ船は4,000TEUまで大型化するわけですが、当初はここで大型化は打ち止めだと思われていました。

岡崎:「どうしてだ?」

これ以上船を大きくするとパナマ運河を通過出来なくなってしまうんですよ。パナマ運河を通過できる船の最大の大きさをパナマックスと言って、船の大きさを決める指標になっているんですが、4,000TEUを超えてしまうとこのパナマックスサイズを超えてしまうんですよね…。

内山:「パナマ運河を通過出来ないと何か問題が起きるんですか?」

例えば、太平洋から大西洋に行くときにパナマ運河を通れないと、南米大陸を迂回することになって遠回りになりますよね?

内山:「あ、そうか。その分輸送費と時間が余分に掛かってしまうんだ」

ところが、実際はこのパナマ運河問題をものともせずにコンテナ船の大型は進んでいきました。「パナマ運河が通れないなら、船を使わずにアメリカ横断鉄道を使って太平洋と大西洋を結べばいい」とか「パナマ運河が通れないなら、太平洋専用船とか大西洋専用船にしてしまえばいい」といった発想をする人たちがいたので、パナマ運河問題を無視した超大型船が作られるようになったんです。

結果的に、パナマックスを超えるサイズの船が80年代末から作られ始め、2000年代には10,000TEUを超える超大型船が当たり前に運航されるようになりました。

岡崎:「ちなみに現在世界最大のコンテナ船ってどれくらいの大きさ?」

20,000TEUを超えるクラスが最大ですね。このサイズだと長さは400mくらいになります。

内山:「400mって新幹線のホームと同じくらいの長さじゃないですか…」

岡崎:「初期のころからくらべたら20倍の大きさだな」

これはコンテナ船に限った話ではないですが、技術の進歩とともに船の省エネ化や省人化も進んでいます。ですから、コンテナの輸送費は初期のころから比べたらはるかになっているはずです。具体的な金額については調べ切れていないので、提示出来ず申し訳ないですけど…。

このように、コンテナが普及し大量輸送が行われるようになったおかげで、物流費はどんどん安くなり、物の移動が自由に行われ、産業構造も変わり、グローバル化が進んでいったわけです。

コンテナが世界を変えることが出来たのはなぜか?

内山:「こうやって見ていくと、コンテナを中心としてあらゆるものが変わったんですね」

そうですね。コンテナが世界を変えたっていうと、コンテナそのものの発明だけが注目されますけど、実はそうではなくてコンテナに合わせて船や鉄道、インフラ、人などの多くのものが発明・改良されて、システム全体が出来上がったからこそここまで出来たんです。第5章で19世紀にもコンテナはあったという話をしましたけど、19世紀と現代の違いはシステムを作り上げることが出来たかどうかですね。

岡崎:「よく考えたら、コンテナによる物流革命ってインターネットと似ているな」

内山:「どういうことですか?」

岡崎:「インターネットもコンピューター間の通信方法だけじゃなくて、通信を行うデバイス、通信インフラ、人、ソフトウェアなどの全体をシステムとして作り上げることが出来たからここまで世界を変えたわけだろ?」

内山:「なるほど。確かにそうやって考えると似ていますね」

よくイノベーションや革命というのは何か単体の発明だけではだめで、システム全体を変えてこそ成功するって言われますけど、コンテナもまさにそうですね。箱単体ではなく、いかにしてその箱を上手く使うかということに、知恵を絞って多くの努力がなされたからこそコンテナは「ただの箱」から「世界を変えた魔法の箱」になれたんでしょうね。

内山:「いや~。だけど、今回の記事でコンテナに関する見かたが変わりました」

コンテナに敬意を抱くようになりましたか?

内山:「はい。これからは道行くコンテナに敬意を持って接することにします」

ということで、これにてコンテナ編は終了です。皆さんもこれから道でコンテナを見たら今までとは違った特別な目で見てみて下さい。


参考資料


コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった 増補改訂版