今回の連載記事のテーマは、世界的有名企業「3M(スリーエム)」です。スリーエムと言えば、「ポストイット」や「スコッチテープ(セロファンテープ)」を開発した企業として有名です。3Mは経営学の世界でもその企業文化・組織などが注目されており、3Mに関する書籍や研究も多く出されています。今回の連載記事ではそんな3Mについてお話ししていきたいと思います。
第1章 3Mってどんな会社? ~3Mの概要~
第1章では3Mがどのような会社なのかを簡単に説明していきたいと思います。
ポストイットで有名な3M
岡崎:「今回のテーマは3Mかぁ。世界的な超有名企業だな。俺たちも日常生活で結構お世話になってるな」
内山:「そうですね。会社名はあまり聞きなじみが無くても、3Mは僕たちが普段何気なくつかっているあの超有名な製品を開発した会社ですからね」
内山さんが言う超有名な製品とは、「ポストイット」です。皆さんの机の上や引き出しの中にも入っていることでしょう。ポストイットの開発秘話は有名な話なので、ご存じの方も多いかと思います。でも、実は3M他にも今や私たちの生活に欠かすことが出来ない製品を開発しています。
内山:「例えば何ですか?」
身近なところで行くと、「セロハンテープ」ですね。他にも塗装に使う「マスキングテープ」なんかも3Mが開発しました。
内山:「そうなんだぁ…知らなかった…」
岡崎:「まあ、セロテープやマスキングテープが世に出たのは100年近く前の話だからな」
内山:「え?3Mってそんな昔からあるんですか?」
3Mが設立されたのは1902年です。もう100年以上も前に出来た老舗企業です。
3Mの売上高と利益
ここで少し3Mの直近の業績にも触れておきましょう。
3Mの売上高ですが、2019年の売上高が321億ドル。営業利益は68億ドルで営業利益率は21.2%です。
内山:「売上高321億ドルってことは、日本円にするといくらになるんだろう?」
岡崎:「1ドル105円で計算すると、売上高は約3.37兆円。営業利益は7,140億円だな」
内山:「すごい数字ですね」
世界70か国に拠点があるグローバル企業ですからね。もちろん日本にも3Mジャパンという現地法人があります。ちなみに、2014年までは住友グループとの合弁で住友3Mという名前でしたが、今は3M本体の100%子会社になって3Mジャパンという名前になりました。
3Mの事業領域と製品
内山:「ところで、3Mってポストイット以外には何を作ってるんですか?3兆円以上も稼ぐってことはそれなりの事業をやっているんですよね?」
3Mの事業領域は大きく分けて4つです。
セーフティ&インダストリアル
工業、電力や道路・建築などに関わる分野がセーフティ&インダストリアルです。この事業領域では、研磨材、テープ・接着剤、電線用の収縮テープ、絶縁テープなどを扱っています。
トランスポーテーション&エレクトロニクス
自動車、電子部品、建設・建築などに関わる分野です。ここでは、塗装用のカップ、シーリング部品、防塵マスク、接着テープ、USBケーブル、フッ素液、ディスプレイフィルム、反射シート、業務用モップなどを扱っています。
コンシューマー
私たちに一番なじみがあるであろう生活用品に関わる分野です。冒頭で紹介したポストイットやスコッチテープ(セロテープ)、ラベルシール、スポンジ、両面テープなどを扱っています。ホームセンターで見かける3Mの製品は主にこの分野のものが多いです。
ヘルスケア
3Mは医療、食料分野にも進出しています。体温管理システム、医療用テープ、歯科用接着剤、バイオ医薬品製造で使われるフィルター、培養材などがヘルスケアの領域で扱っているものです。
3Mって何屋さんなの?
内山:「3Mの事業領域をざっと紹介してもらいましたけど、これを見ていたら事業領域が広すぎて何をやっている会社か分からなくなってきました…」
岡崎:「知れば知るほど何屋なのか分からなくなってくるよな…」
でしょうね…。実は3Mが何屋なのかよく分からないというのは結構聞く話だったりします。
岡崎:「そもそも、3Mの元々の社名からして何屋なのかよく分からないからな」
内山:「そうなんですか?」
現在の3Mの正式な社名は「3M Company」ですが、2002年までは正式には「ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング」という名前でした。
岡崎:「それぞれの単語の頭文字を取って3Mって呼ばれていたわけだな」
「ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング」という社名を直訳すると「ミネソタ州の鉱業と工業をやる会社」という意味になりますが、全く何をする会社なのか分からないですよね?
内山:「そうですね」
でも、1つ言えることは3Mは革新的な製品を開発し続け、その広い事業領域や商品群を武器に100年間成功し続けてきたということです。実は、その3Mの凄さを表すある経営学者の言葉があるんです。
「今後50年間、100年間、成功を続け、環境の変化に対応していく企業」
経営学の世界に「ビジョナリー・カンパニー」という本があります。超有名な本で、ビジネスの必読書には必ずと言っていいほど含まれている名著です。その著者のジェームズ・C・コリンズとジェリー・I・ポラスはその著書の中で、3Mをこう評価しています。
”今後50年間、100年間、成功を続け、環境の変化に対応していく企業を1社だけ選べといわれれば、わたしたちは3Mを選ぶだろう” 「ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則」ジム・コリンズ ジェリー・ポラス著 日経BP出版センター
ビジョナリー・カンパニーの中で研究対象になっている企業は、ボーイング、ディズニー、ソニー、GE、P&G、ジョンソンエンドジョンソン、IBMなどです。
岡崎:「世界的超有名・優良企業ばかりだよな」
そう。その中でも、著者は3Mがこれからも成功する可能性が一番高いと言っているわけです。
内山:「何かすごい会社ですね。段々興味が湧いてきました」
でも、今では100年成功を続けるという評価をされている3Mですが、実はスタートの段階ではそこまでの会社ではありませんでした。むしろ「来年は存在しているのか?」と思われるくらいの状態でした…
第2章 設立早々事業に失敗? ~3Mの歴史~
第1章では3Mの会社概要について知ってもらいましたが、もう少し3Mのことを知ってもらうために第2章では3Mの歴史について触れていきたいと思います。
設立早々事業に失敗
第1章でも説明しましたが、3Mの設立は1902年。設立当初の事業はミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリングという社名が表す通り、鉱業でした。
内山:「鉱業といっても色々とありますよね?具体的には何を採掘していたんですか?」
具体的には、サンドペーパーに使う原料の採掘をやっていました。でも、この採掘事業は失敗に終わります。頑張って鉱物を探して採掘したものの、それが売れず、倒産一歩手前に近い状態になってしまったわけです。
岡崎:「設立早々に躓いたわけだな…」
何とかして会社を続けたい3Mの創業メンバーはその後、何でもいいから会社が生き残れる事業を模索します。そして、見つけ出したのがサンドペーパーと砥石車の製造です。ここから「マニュファクチャリング」がメインの事業となります。
内山:「ここから3Mの快進撃が始まるわけですね!」
…の予定でしたが、そう話は上手くいきませんでした…。
順調にはいかない研磨材事業
会社の生き残りをかけて取り組んだ研磨材事業だが、なかなか上手くはいきませんでした。品質が悪くて製品が売れず、資金繰りに苦しむことになります。
岡崎:「踏んだり蹴ったりだな…」
「スリーエム・アイト」による成功
とはいっても、会社は続けたい3Mの人たち。何とか売れるものをということで、日々製品開発を続けます。そして創業から12年後の1914年。遂に3Mを救う製品が登場します。その名も「スリーエム・アイト」
内山:「『スリーエム・アイト』って何ですか?」
研磨用の布です。スリーエム・ライトを販売したところこれがヒット。ようやく利益が出せるようになります。
岡崎:「会社を作ってから10年以上も苦労したのか…。3Mにもそんな時代があったんだな…」
次々と新製品をリリース
スリーエム・ライトの成功で勢いに乗った3Mは、その後次々と新製品をリリースします。
1921年には耐水研磨剤、1925年には自動車塗装に革新をもたらした「マスキングテープ」。1930年には「セロハンテープ」をリリースします。
そして、1980年にはその開発秘話とともに後に語り継がれることとなる伝説的な商品が生まれます。
内山:「ポストイットですね」
失敗作から生まれたポストイット
ポストイットの開発秘話は有名な話なので知っている方も多いですが、簡単にもう一度振り返っておきます。
もともとポストイットというものは「貼り付け可能な付箋紙」を作ろうとして作られたものではありません。失敗作の接着剤から生まれた偶然の産物です。詳しい話は3Mのホームページに載っているので、詳しいことを知りたい方はこちらをどうぞ。
岡崎:「だけどさぁ、ポストイットの話って普通は『失敗作の接着剤を作ってしまいました』で話が終わるよな」
内山:「それを何とか製品化しようとするところが普通と違いますよね」
そして、その製品を事業としてしまうところも普通では無いですね。まあ、こうやってちょっとしたアイデアや失敗も大切にして製品化・事業化してしまうところが3Mの凄いところなわけですけど。
岡崎:「何でそんなことが出来るんだろうな?」
その当りの秘密についても後々今回の連載記事の中で触れていきたいと思います。
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第3章 「馬券は流しで買う」戦略 ~3Mの事業領域が広い理由~
ここまで3Mの概要と歴史について話をしてきましたが、3Mという会社について興味は湧きましたか?
内山:「ポストイットみたいな製品を次々とリリースすることが出来る会社ってどんな組織になっているんだろう?ってことが気になりますね」
岡崎:「あと、基本的にどんな戦略を取っているのかも気になるな」
では第3章では3Mの基本戦略について考えていきましょう。
「流しで馬券を買う」戦略
ところで、突然ですが、岡崎さんは競馬ってやりますか?
岡崎:「何だよ藪から棒に。GⅠとか大きなレースの時はたまにやるよ」
じゃあ、馬券を買うときはどんな買い方をしますか?
岡崎:「そうだなぁ…。まずは軸馬を決めて、その後はそこから流しでいくつか買うかな…」
なるほど。でも、1点買いの方がギャンブルとしてロマンはあると思うんですけど、どうですか?
岡崎:「確かにロマンはあるかもしれないけど、1点買いだとリスクもあるだろ?だから、流し買いしてるんだよ」
じゃあ、岡崎さんの馬券の買い方は3Mの基本戦略と同じですね。3Mも基本的には「流しで馬券を買う」という戦略で事業を行っています。
1つのカゴに卵を全部入れない
経営や投資の世界では「1つのカゴに卵を全部入れない」という考え方があります。1つのカゴに全ての卵を入れてしまうと、カゴを落としたときに全部の卵が駄目になってしまう。だから、卵を複数のカゴに分散させて万が一のリスクに備えるという考え方です。
専門用語でこのことを「ポートフォリオ」と言いますが、3Mも基本的にはこの考え方に従って事業を行っています。3M成功の立役者ウイリアム・マックナイト氏はこう言っています。
”設立の当初(鉱業で失敗したとき)、当社ではタマゴをすべて、ひとつのカゴに入れていた。…製品を多角化すれば…競争の激化で製品のすべてが打撃を受けるとは考えにくいし、いつでも、事業のうち少なくとも一部は、収益が上がるだろう” 「ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則」ジム・コリンズ ジェリー・ポラス著 日経BP出版センター
第2章で説明したように設立当初の3Mは研磨材の採掘という事業を1点買いしてしまったことで、失敗をしました。
内山:「で、その経験から3Mは1点買いは止めて、流し買いをする方向に戦略を変えたわけ
ですね」
そういうことです。だから、3Mは事業の種類が多いんです。
多角化しても軸はある
岡崎:「要するに3Mは『多角化戦略』を取ってるってことだよな?」
そうです。
岡崎:「だったら、素直に『多角化戦略』って言えばいいのに、何でお前は『流しで馬券を買う』って言ってるんだ?」
それは、3Mは「軸」を持った上で事業を広げているということを強調したかったからです。多角化戦略というのは結構幅が広い概念で、本業と全く関係の無い分野で事業を行うことも多角化戦略に含まれます。
例えば、製造業をやっている会社が儲かりそうだからと突然ラーメン屋を始めてもそれは多角化です。でも、3Mの多角化戦略はそうではありません。3Mのロゴに「Science.Applied to Life.」とあるように科学を軸にして多角化をしていますし、他にも理念やビジョン・行動規範といった軸をしっかりと持った上で多角化をしています。
多角化をすると方向性がブレブレになって、結果的に上手くいかなくなる会社もあるんですが、3Mは軸がしっかりしているので、そういうことなく経営を続けられています。
競馬もそうですよね?流し買いで馬券を当てる人はしっかりと軸馬を決めてから買っていますよね?
それと同じように「3Mはしっかりとした軸をもった上で多角化戦略を取っている」ということを伝えたかったので、今回は一般的に使われている「多角化戦略」と言わずに、敢えて「流しで馬券を買う」と表現しました。
岡崎:「なるほど。そういうことか」
第4章 3Mの価値観 ~基本理念・ビジョン・行動規範~
第3章で「3Mはしっかりとした軸をもった上で多角化戦略を取っている」と説明しましたが、第4章では具体的に3Mがどのような価値観(軸)を持っているのかを説明していきます。
3Mはビジョナリー・カンパニーに取り上げられるように、非常に「ビジョナリー」な会社なので、価値観を表す資料がそこら中に転がっています。ですので、今回はそれらをざっと紹介していきたいと思います。
3Mの基本理念
まずは3Mの基本理念からです。ビジョナリー・カンパニーの中には3Mの基本理念がこのように書かれています。
●革新 「新商品のアイデアを殺すなかれ」
●誠実に徹する
●個人の自主性と成長を尊重する
●誠実に努力した結果の過ちに寛容になる
●質と信頼性の高い製品を提供する
●「われわれの本当の事業は、問題を解決することである」
内山:「『革新』という理念はインパクトありますね」
そうですね。「うちはイノベーションを起こすぞ!」と堂々と宣言をしているわけですからね。
岡崎:「最後の『われわれの本当の事業は、問題を解決することである』という理念もユニークだよな」
最後の一文は最初の「革新…」と繋げると、「革新を起こすことで、問題を解決することが自分たちの事業だ」ということになって、3Mの存在意義をはっきりと示していますね。
ビジョン
ここから先は3Mのアニュアルレポートに記載されている内容を紹介していきます。3Mの公式資料を引用するので、原文は英語です。日本語訳も付けますが、私なりの翻訳なので、英語が出来る方は原文のみを参考にして頂いた方が良いかと思います。
まずは3Mのビジョンです。アニュアルレポートには「Vision」としてこんなことが書かれています。
●3M Technology Advancing Every Compan
●3M Products Enhancing Every Home
●3M Innovation Improving Every Life
出典:3M Sustainability Report 2020
内山:「エイゴ、ヨクワカリマセン…」
日本語訳するとこんな感じです。
●3Mの技術はすべての企業を進歩(発展)させます
●3Mの製品はすべての家庭を豊かにします(快適にします)
●3Mが起こすイノベーションはすべての生活をより良くします(向上させます)
岡崎:「シンプルだけど、言葉の意味には微妙なニュアンスがあるんだろうな」
でしょうね。だから、原文もそのまま載せることにしました。「Advancing」「Enhancing」「Improving」には色々な思いとかニュアンスがあると思います。
3M Value Model
続いて「3M Value Model」です。まずはこの図を見て下さい。
出典:3M Sustainability Report 2020
岡崎:「『Strengths』っていうのが強みのことだな。その下の『Priorities』ってのは何て訳せばいいんだ?」
直訳すると「優先順位」という意味ですが、この場合は「大切にしていること」と解釈した方が良いと思います。
岡崎:「そうすると、強みは左から『技術力』『製造力』『グローバル展開』『ブランド力』。大切にしていることは『(事業・製品)ポートフォリオ』『変革』『革新』『人と文化』ってことか…」
内山:「それで、この図はどう読み解けばいいんですか?」
抽象的なイメージなので色々な解釈が出来るとは思いますが、私はこれを「(事業・製品)ポートフォリオ、変革すること、革新を起こすこと、人と文化に支えられた、技術力、製造力、グローバル展開、ブランド力という強みを活かして価値を生み出し、ビジョンの実現を目指している」と解釈しています。
岡崎:「なるほど。この図は3Mが生み出す価値は何に支えられているのかということを表しているんだな」
行動規範
最後は「こういう価値観で行動しなさい」という指標となる3Mの行動規範です。
Our values
●Inclusion (受容・寛容性)
●Diversity (多様性)
●Sustainability (持続可能性)
●Respect, encourage, challenge (尊敬・賞賛・挑戦)
Leadership Behaviors
●Play to win (勝利のための振る舞い)
●Prioritize and execute (優先順位付けと実行)
●Foster collaboration and teamwork (協力とチームワークのために寄りそうこと)
●Develop others and self (自分と他社を発展させる)
●Innovate (革新する)
●Act with integrity and transparency (正直に透明性を持った振る舞い)
Code of Conduct: Be 3M
●Be good (良くあれ、善良であれ)
●Be honest (正直であれ)
●Be fair (公平であれ)
●Be loyal (忠実であれ)
●Be accurate (正確であれ)
●Be respectful (尊敬する)出典:3M Sustainability Report 2020
行動規範というと3つ目の「Code of Conduct」だけになるんですけど、ValuesやLeadership Behaviorsも広い意味では行動規範になるのでまとめて紹介しました。ここで注目したいのは「Our values」のところです。
「寛容性」や「多様性」が無いと革新的な製品のアイデアは出てこないし、持続可能性を考えないと折角のアイデアも実用化出来ません。そして、尊敬や賞賛の風土が無いと挑戦しようという気持ちにもなれません。つまり、これらの価値観が組織に根付いていないと次々と革新を起こすことは出来ないということです。
岡崎:「逆に言えば、3Mにはこういう価値観が根付いているから革新的な製品を出し続けることが出来るというわけだな」
内山:「そうか。こういう文化があるから失敗作だったポストイットも大ヒット商品にすることが出来たのか」
第5章 3Mの経営指標と社内制度 ~新製品開発を支える仕組み~
3Mには製品開発を支えるための制度がいくつもあり、中には他社でも採用されているものもあります。そこで、第5章では3Mの経営指標と社内制度についての話をしていこうと思います。
売上高新製品比率
イノベーションを起こすことを大切にする3Mには「売上高新製品比率」というKPI(重要管理指標)があります。この指標を目標として3Mは毎年次々と新製品を開発して世に送り出しています。
岡崎:「売上高新製品比率というのはどんな指標なんだ?」
これは文字通り売上高に対する新製品からの売上が占める割合を示す指標です。例えば、売上高が1億円でそのうち新商品の売上が3千万円なら売上高新製品比率は30%です。
3Mではこの指標を使って「売上高の15%を発売から1年以内の商品で得る」、「売上高の30%を発売から5年以内の商品で得る」といった目標を定めることで、次々と新製品を開発することを促しています。
内山:「売上高の15%を新製品から得るのかぁ…。そんなに製品開発するのは大変そうですね。お金が無いとか、時間が無いといったことになりそうです」
だから、そういうことが無いように新製品開発を支える仕組みも3Mには用意されています。
売上の6%を研究開発費に充てる
まずお金の問題ですが、新製品を開発するためにはまずはお金が必要です。
岡崎:「開発予算が無ければ何も出来ないからな」
だから、3Mでは毎年売上高の6%を研究開発費に充てるということになっています。例えば、直近の売上高で考えると、売上高は321億ドルだからその6%に当たる約19億ドルが研究開発費に充てられているということですね。
内山:「売上高が多いから研究開発費も莫大ですね」
15%ルール
予算は確保できても開発のための時間が無い場合もあります。
岡崎:「日々の業務が忙しくて新しいことに取り組めないなんてことはどこの会社でも起こり得ることだからな」
3Mではそのようなことにならないように「15%ルール」というものがあります。これは「業務時間の15%を自分のやりたいことに当てられる」というルールです。15%というと少ない気もしますが、1週間40時間働くとすると週6時間、1か月だと24時間=3日分です。
内山:「それだけ時間が確保出来れば、結構色々なことが出来そうですね」
この「業務の一定時間を自分のことに使える」というルールは色々な企業にも採用されていて、グーグルでは3Mの制度を参考にした「20%ルール」というものがあります。
岡崎:「へー。そうなんだ」
一般の会社でも「業務時間の〇〇%は業務改善に当てる」とか「業務時間の〇〇%を新事業の準備に当てる」「〇〇%は社内コミュニケーションに使う」といったように応用すれば結構色々と使えます。
内山:「良いこと聞いたからうちの会社でも使えないか考えてみます」
あと、15%ルールの良いところは自主性が確保されるということです。15%ルールのような形で時間を与えられると、その時間で取り組むことを見つけたり、課題解決のための行動を取るようになり、結果的にこれが自主性に繋がります。
表彰制度
3Mでは仕事の貢献度に応じた表彰制度も充実しています。3Mジャパンの資料によると20制度もあるようです。
岡崎:「アイデア重視の会社は表彰制度が充実しているような気がするけどどうなんだろう?」
私もそんな気がしています。表彰制度で賞賛を受けるとモチベーションが高まって、「次も頑張ろう」となるので良いのかもしれませんね。
ブートレッギング
3Mの面白い制度には「ブートレッギング」というものもあります。
岡崎:「ブートレッギングって『密造酒作り』って意味だよな?」
そうです。だから、ブートレッギング制度とはその名の通り、会社の設備や人財をこっそり使って研究開発をする制度のことです。
内山:「でも、密造が制度になったらそれはもう密造ではないですよね?」
ですね。まあ、そこは突っ込まないで「3Mにはアイデアを形にするためならこっそり動いても許される文化がある」って考えておきましょう。
このように3Mにはアイデアを大切にする文化とともにそれを支える制度も備わっているので、次々と新製品を生み出すことが出来るわけです。
第6章 3Mの製品・事業開発スタイル ~スモールビジネスを沢山生み出す~
内山:「第5章までの内容で3Mの組織文化と制度は分かりましたけど、実際に3Mはどんな感じで製品開発を行っているんでしょう?」
ということで、第6章では3Mの製品や事業開発のスタイルについて説明していきます。
小さな枝を沢山作る
「小さなことをいくつも試す」これが3Mの製品開発の基本スタンスです。
岡崎:「思い付いた小さなアイデアを次々と試していく感じかな?」
そうです。そして、上手くいったものはそのまま残して、上手くいかないものは止めるというスタンスで3Mは製品や事業の開発を行っています。この開発スタンスは木に例えられることもあります。
内山:「木ですか?」
そう。木が育つ時には、まず幹から何本も小枝が出て来ますよね?その小枝の中には上手に育つものもあれば、いまいちなものもあります。そして、上手に育った小枝はやがて成長して太い枝になり、さらにそこから小枝が生えてきます。このように木は「小枝を何本も芽吹かせる」→上手く育ちそうな枝が残る→枝が太く成長し、さらにそこから枝が生える→木が大きくなっていく。というサイクルで成長していくわけですが、3Mの事業もこれと同じです。
岡崎:「なるほど。そうやって木を成長させるための環境を上手く作ることで3Mはここまで発展してきたわけだな」
小さな枝を生やしていくために必要なこと
岡崎さんが「木を成長させるための環境」と言いましたが、3Mの場合第4章と5章で説明した組織文化と制度がそれにあたります。特に、他者と多様性を尊重する文化はたくさんの小枝を生やすためには必要不可欠なものだと思います。
岡崎:「確かに他者と多様性が認められなかったらたくさんのアイデアなんて出てこないからな」
内山:「だから3Mの「Our Values」にこれらが謳われているんでしょうね」
あと、市場規模に囚われ過ぎないということも大切なことだと思います。あまり市場規模に囚われると「市場が小さいから」という理由でプロジェクトが行われず、小さな枝が生えなくなってしまいますからね。
3Mはスタートアップの集合体?
岡崎:「小さな枝をたくさん生やすことが出来る3Mの組織形態ってどうなってるんだろうな?」
内山:「そこ気になりますよね。通常の組織とはちょっと違うんじゃないかと思うんですけど…」
これは推測ですが、3Mの組織はスタートアップ企業の集合体のような感じになっているんじゃないかと思います。小さなチームがたくさんあってそれぞれがビジネスを作り出しているイメージですね。
岡崎:「そう考える理由は?」
こういう分散型の組織になっていないと、小枝は生えてこないと思うんですよね。小さなチームがたくさんあるからユニークなアイデアもたくさん出てきてスピード感を持ってそれを製品化・事業化出来るんじゃないかなと勝手に思っています。まあ、この点に関してはその根拠となる資料を見たわけじゃないので、断言は出来ないですけど…。
内山:「でも、何となく分かる気はします」
とにかく今回説明したように、3Mはその組織文化や制度をベースにして「小さなことをいくつも試す」「小枝を生やす」というスタンスで開発を行っているから、次々と新たな製品や事業を生み出せるわけです。
第7章 環境変化に適応していくためには
3M編は今回が最終章です。最終章の今回は3Mの事例をを参考に、これからの環境変化に適応していくために私たちは何をしていくべきかということを考えていきたいと思います。
将来のことなんて誰にも分からない、分からないからこそ色々やってみる
さて、第7章で3M編は最終章です。最終章ではこれから環境変化に適応していくために、私たちは何をしていくべきかを考えてみたいと思いますが、2人は環境の変化に適応していくためには何が必要だと思いますか?
岡崎:「そうだなぁ…。将来のことを考えると色々と不安になることもあるけど、思い切って『将来のことなんて誰にも分からない!』って開き直って色々とやってみることが大切なんじゃないか?」
内山:「それ僕も思いました。3Mの事例を見ているとそう思いますよね。細かいことを色々と考えて悩むぐらいなら思い付いたことを1つずつ試していくっていうのもありだと思います」
確かにそうですね。将来のことを考えることは大切ですが、良く分からないからと思い悩んで何もしないくらいなら、どうなるかは分からないけど、とりあえず色々と試してみるっていうことは重要ですよね。実際に3Mはそういう考え方でこれまで成功してきたわけですからね。
ちなみに、経営学の世界には環境の変化に適応するためには、あれこれ悩んで綿密な計画を立てるよりも、とにかく行動してみてそこから学んでいった方が良いという考え方もあります。このあたりについては、機会があればまたブログ内で紹介しますね。
多様性を尊重しよう
環境の変化に適応していくためには、色々なことを試してみることが大切という話になりましたが、もう一つ聞いていいですか?
色々なことを試していくためには、どんなことを心がけたら良いと思いますか?
内山:「3Mの事例を見ていると、多様性を尊重するってことが大切かなって思います」
確かにそうですね。多様性が尊重させれれば様々な視点でのアイデアが出てきますし、アイデアを提案する方も「変わった意見でも取り上げてもらえる」と感じればアイデアを出しやすくなりますからね。
岡崎:「おじさん視点の凝り固まった頭で、『これは昔からこうだ!』って決めつけて掛かるのは良くないから、そういう考え方は改めないといけないな」
小さな一歩を大切に
岡崎:「あと、小さな一歩を踏み出す勇気っていうのも大切だよな」
それ大切ですね。あれこれアイデアを出してもそれが行動に結びつかなかったら意味が無いですからね。
内山:「新しいことを始めるときって分からないことだらけで不安ですけど、まずは勇気を持って『失敗しても何とかなる!』ってぐらいの気持ちで小さな一歩を踏み出すことが重要ですね」
その小さな一歩が将来大きな歩みに繋がるかもしれないですからね。実際に小さな一歩の積み重ねが大きな成功に繋がることを3Mが証明してくれましたし、私たちも怖がらずに小さな一歩を踏み出してこれからの環境の変化に適応していきましょう!
参考資料
3M ジャパン 公式WEBサイト
3M 公式WEBサイト(英語)
3M 2019 Investor Overview(英語)
3M 2020 Sustainability Report(英語)
(Toyama Suguru)
中小企業診断士事務所 マスタープランズ・コンサルティング代表
中小企業診断士。経営コンサルタントとして中小企業の経営コンサルティングを行っています。また、企業や商工会議所などでセミナー・講演会活動も行っています。著書:「小さな会社はまず何をすればいいの?~新米社長岡崎の10の物語~」
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